道なりに、道なりきに。

当店の店名、On the Road。
路上とか道の上って意味。

大好きな浜田省吾さんの歌にも「道」という歌詞がよく使われています。

例えば、「家路」の歌詞で好きなフレーズは、
「道標もない道に一人」
「空とこの道出会う場所へ」

「On the Road」の歌詞なら
「この道の彼方 約束されたはずの 場所があると
信じて行きたい」

他にも、「日はまた昇る」など挙げたらキリがありません。。。

みんなそれぞれに「道」を歩んでいて、
そんなみんなにはそれぞれの「道」があって。

よく言うところの
「生きてきた道」とか「生きていく道」が違っていて当たり前。

人それぞれ、なんです。

最近、人の会話を聞いていてちょっとイラッとして
疲れたことがありました。

その二人に年齢差があったのも要因でしたが。。。
若者が素直に心を開いて話をしていたのに、その相手に向かって
年配の方がデリカシーのない言葉の数々を投げかけてしまい
最終的に若者は口を閉ざしてしまいました。
年配の方の持論が強すぎて話にならなかったんですね。

いくらボキャブラリーが多くても、
仕事の内容や環境にもよりますが、
話しが面白くない人や、人の話を聞けない人は
日常生活でも必要がないからなんだと改めて考えました。
だからそういう方を責めはしませんし今更訓練しても手遅れなんだなと。

いろんな人がいて当たり前。
例えば遥か遠くにでも「道標」を見つけたかった若者。
そういう「道」もあるんだと。
年配の方が傾聴してあげたら、その若者はもしかしたら自分で
「道標」を見つけられたかも。

今回は「道」つながりのものをあと二つご紹介します。

作者は不詳なんですが。。。
妙好人(=浄土宗の信徒の誰か)という説あり。

子ども叱るな我が来た道だもの
年寄り笑うな我が行く道だもの
来た道、行く道、二人旅
これから通る今日の道
通り直しのできぬ道


意味は、なんとなくお分かりですよね。

子供の過ちを闇雲に叱るものではない。
老人の言動を軽々しく笑うものではない。
自分も子供の頃に同じ過ちをしたハズ。
やがて自分も年を取れば同じような言動をするようになるでしょう。

そんな感じでしょうか。。。


清沢 哲夫『無常断章』より
「道」

此の道を行けば どうなるのかと 
危ぶむなかれ
危ぶめば 道はなし
ふみ出せば その一足が 
道となる 
その一足が 道である
わからなくても 歩いて行け 
行けば わかるよ


1998年の東京ドームでのアントニオ猪木さんの
引退試合での最後の言葉としても有名ですね。
ミスチルの歌詞にもなってます。

アントニオ猪木さんの言葉はこう始まっています。

「人は歩みを止めた時に、
 そして、
 挑戦をあきらめた時に年老いていくのだと思います」


成長を止めないでいたい。
今は道標が見えなくても、
私は私の道標を探し続けたい。
そんな道を、道なりに、私なりに行きたい。
それがどんな道でも道なりきに、私は生きたいです。

今週はそんなことを考えた一週間でした。
長いぼやきになってしまってスミマセン。。。
最後までご覧いただきましてありがとうございます。






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2012年04月14日 Posted byおんざろーど at 04:20 │Comments(0)ぼやき

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