幸せについて考えた

去年の夏頃だったか・・・
女子部の間でちらりとお題目に上がって完結した
「信用」と「信頼」について。

今頃どうした?って言われそうですが。。。

思うところあってここ一ヶ月くらい、ずっと考え続けてました。

「吾唯知足」
われただたるをしる

よく聞く言葉ですね。

京都の龍安寺というお寺にあるつくばいに彫られた
「吾唯知足」という文字。
このつくばい、かなり有名なのでご存知の方も多いと思います。


上から時計回りに「吾唯足知」(われ ただ たるを しる)
と読めます。
その文字の通り読むと、
「私は満ち足りていることだけを知っている」
という意味なのかな?
いろいろ調べてみたら、もともと禅問答らしいです。
ってことは、一生かかっても悟る事ができないような、
きっと難しい意味なんじゃないかとも思うんですが。。。

多分、さくっと簡単に言っちゃうと、
「満足することを知っている者は貧しくても幸せで
心は穏やかであり、

満足することを知らない者はたとえ金持ちでも
心はいつも乱れて不幸である」

ってカンジなのかな~。

「満足することを知る」

これって幸せに生きるためにすごい大切な事だと思うんです。

誰にだって心のどこかにある無制限な欲望。
でもたいていの人は、
自制心を以って一歩踏みとどまる勇気を発揮してそれを抑えてる。

例えば欲しかったものが目の前に山積みになっていても、
自分の生活レベルに見合わない、もしくは、
明らかに現状では買えないとわかっているのに借金して無理してまで
買ったら?
後が大変ですよね。。。
例えば大好物が山盛りになっていても、
もう充分、ごちそうさまですってくらいにお腹が一杯なのに
無理して口に詰め込んだら?
おいしさ半減ですよ。。。

お金がなくても幸せ。
お金がなくて不幸。

分相応のお金があって幸せ。
いくらお金があっても不幸。

お腹が空いていても幸せ。
お腹が空いて不幸。

充分お腹一杯で幸せ。
お腹一杯食べれても不幸。

信頼できる友達や家族や愛する人がいて不幸と、
信頼できる友達も家族も愛する人も誰もいなくて不幸なら。

信頼できる人が一人でもいれば、
例えばその日がどん底の不幸で最低の一日だったとしても、
一日の終わりに誰かを思い出したり話を聞いてもらったりしたら。
また明日、もう少し、あとちょっと、頑張ろうって思えるかも。


信用金庫とは言うけど、
信頼金庫ってないですよね。

辞書で調べると、
「信用」は確かなものと信じて受け入れること。

「信頼」は信じて頼りにすること。
頼りになると信じること。また、その気持ち

信用の先にある信頼。
そのどれもなくしたら?
誰もそう思える人がいなくなったら?

なんとなく、明確な応えは出ませんでしたが。。。
幸も不幸も人それぞれ。
思いようかもしれませんが。。。


「吾唯足知」
本当に、とてもとても大切なことなんだと、
考え抜いた一ヶ月でした。
  

2012年02月14日 Posted by おんざろーど at 04:18Comments(2)つぶやき